あなたが去り、私は何か変わったのだろうか。
日々は変わらない。
暮らしも変わらない。
あなたの不在を嘆かない。
思い出せばあたたかい。
時が流れ、歳を重ねた。
あなたはいつまでも十二歳のまま。
後ろ向きではない。
自分の足でしっかりと立っている。
歩いている。
寄り道もする。
迷うこともある。
それでも歩いている。
二番目の猫がいる。
目の前にいる。
そして、あなたを思う。
あなたの代わりではない。
まったく違う思いがある。
同じようにいとおしい。
その猫は、目が合うと瞬きをする。
私も瞬き返す。
私から瞬きをすれば、猫が瞬き返す。
ゆっくりと、何度も、繰り返す。
あなたも瞬きをしてくれたよね。
私はしつこく瞬き返したね。
あなたは付き合ってくれたね。
懐かしいね。
とよちゃん。
散歩してきたよ。
とてもとても久しぶりに。
曇天の日々が続いていたのに、その日、頭上には青空が広がっていた。
大きな道を真っ直ぐに歩き、ただひたすらに歩いた。
以前暮らしていた建物を過ぎ、以前通っていた動物病院を過ぎ、それでもまだ真っ直ぐに歩いた。
交差点で右折。
大きな神社の鳥居を横目に通り過ぎ、少し狭い歩道を進む。
右手の野球場から聞こえる喚声、左手のサッカー場では風に舞う砂ぼこり。
音を耳にして、風景を目にして、更に更に歩いた。
左折。大きな公園の入り口が近づいてくる。
鬱蒼とした木々に囲まれた道を歩いていく。
駐車場が見えてきた。
君を拾い上げた場所。
姿形の変わってしまった君を。
それでもとても美しい君を。
あの日は風の強い日だった。
脆く小さく軽くなってしまった君が風に飛ばされないといいな、と思ったことを思い出した。
駐車場の少し先。
背の高い木々の辺りで立ち止まる。
胸に抱いた君を降ろした場所。
君が焼かれた場所。
鉄製の厚い扉が閉じられた時、もう君をこの腕や胸に抱くことがないのだと悲しくなったことを思い出した。
歩を進める。
公園に入り、いつもと同じルートへ。
いつもと同じ喫煙所へ。
そして、いつもと同じように大きな神社へ向かう。
護岸工事中の小さな川を渡る。
手を伸ばせばすぐそこに枝のある桜はどうなったのだろう。
そう思いながら、先へ進む。
登り坂の上にある東屋で一息つき、更に歩いた。
神社の入り口が見えてきた。
小さな神門をくぐる手前に弓道場がある。
散歩する度、弓を引く自分の姿を想像した。
そんなことを思い出した。
境内をぐるりと散策した。
長居はしていないが、これまでの散歩と違って少しだけ寄り道をした気分になる。
境内の喫煙所でまた一服。少し休んだ後は、来るときに通りすぎた大きな鳥居の外へ向かうため参道を歩く。
空を覆い隠すように茂る樹木の隙間から日差しが降り注ぐ。
鳥居の手前で猫を見かけたことがあった。
あの猫たちはどう過ごしているのだろうか。
とよちゃん。
とてもとても久しぶりの散歩は、とてもとても清々しかったよ。
あたたかいよ。
それでも、私の中にはなんだか寂しい気持ちがあることは否定しない。
あなたが去って、私は何か変わったのか。
何も変わってない。
経験が変えたことは確かにある。
でも、私という人間は変わっていない。
ただ、何かが欠落してしまったことは認める。
それが何なのか、言葉では言い表せない。
敢えて表現するならば、トヨという名をした私の細胞の一部。
私の要素。
とよちゃん。
あなたを思った。
あなたを恋しく思った。
空を見上げた。
青空は背の高い木々の隙間に見え隠れしていた。
私は、ゆっくりと瞬きをした。
早く家に帰って、二番目の猫と瞬きし合おう。
そう思った。
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